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第29話 『ときには真珠のように』
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| Yさん,Cさんがすでに触れられたように,本間医師の名セリフが登場する代表的なエピソードでした。 また,Kさんご指摘のように,BJがいかにメスをふるおうとも,最終的には死からは逃れえない我々。 生と死に注目したこのエピソードで,本間医師のキャラクターが「火の鳥」の猿田博士になっているのも,あながち偶然ではありますまい。 「カルシウムの鞘に包まれたメス」には意表を突かれます。 メス置き忘れミスの話は過去に報道で聞いたおぼえがありますが,そこに真珠貝の働きを連結させた発想は,やはり非凡です。 「ときには○○のように」と来ると, (1)ときには娼婦のように (2)ときには母のない子のように と,こういう連想が働きます。どちらも歌の題名。初出時期に流行していたっけかなあ・・・。 (00/03/14) (その後ちょっと調べてみた) 本屋で立ち読みして調べてみました。こんな時に役立つのは,歌謡曲の歌詞が数千曲も収まっているような分厚い歌本ですね。 「ときには母のない子のように」 1969年,カルメン・マキ 「ときには真珠のように」 1975年,手塚治虫 「ときには娼婦のように」 1978年,黒沢年男 なるほど。Iさんご指摘のように,やはり「母のない子・・」とは縁ありそうな結果となりました。 そーいえば。BJ第1話「医者はどこだ!」のタイトルについて,つげ義春氏「ねじ式」(1968)のセリフとの関係を,Sさんが指摘しておられましたが,手塚氏の「マンガの描き方」の中で,「イシャはどこだ!」のセリフを含むページが「不条理ギャグ」の例として引用されていました。 これまた縁あり,のようですね。 (00/03/22) |
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