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第86話 『絵が死んでいる!』
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| ご注意:今回の私の感想文、どんどん真面目っぽく暗くなりますのでよろしく。 核実験、画家の被爆、脳移植手術、死んだ絵、画家の命を受け継ぎ生き返った地獄絵図と、大仕掛けなエピソードです。 読みごたえあります。気合入ってます。まともに核兵器廃絶を訴えており、私としても思わず意義を正して読んでしまいます。真面目なところが好きっ!。 と言っても、例によってヒョータンツギが出没し、緊張感を破ってくれるのでしかつめらしさはありません。 画家が精魂をかけた地獄絵図が迫力です。 先生の自伝にある大阪大空襲直後のイメージがダブります(空襲後、先生は、焼け野原となった大阪から、宝塚まで徒歩で帰ろうとする。焼け落ちた淀川の橋の下には、無数の焼死体が横たわり、牛馬も焼け、異臭を放っていたとあります)。 この画家も、先生の分身であるのでしょう。 私とて「戦争を知らない子供たち」世代ですから、戦争の核のといわれても全部、耳学問にすぎません。本作の画家のように「核兵器の悲惨さを世界に知らせてやる」といった使命感をもった人がいてくださるので、どうにか片鱗がうかがえる状態です。 私の母は、比較的戦争の事を語る人です。「また昔の戦の話か」とガキのころは鬱陶しく思っていましたが、それなりの年になったので素直に聞けるようになっています。 終戦の頃、母は広島の女子高生でした。原爆投下の日は市外にいたので難を逃れ、翌々日に市内を見たそうです。まったく何もない、音のないガレキの平野で、焼死体が、あたりまえのようにいくつもころがり、夜ともなると、死体のリンが燃え、火の玉がいくつも飛んだそうです。 まだ年若い母はそれを見て、ああ私達もこうやって死んでいくのだなと、不思議と淡々とした気持ちで思ったそうです。 身近な人から聞かされる戦争の話は、ある部分、本・写真・映画等に勝り、自分と、過去の歴史とのつながりを、強く感じさせられます。 戦争体験者の役割の一つが、過去を語り伝えることとするならば、戦争を知らない私達の役割は、それを聞き出し、きちんと受けとめることなのでしょう。 (00/11/30) |
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